自己流茶遊びから生まれる新しい愉しみ 茶遊びは特別なものではありません。失いつつある日本人の古き良き習慣を新しい形で紹介するものです。日ごろの生活には「団欒」や「茶の間」がなくなってしまいました。とっておきのお茶を楽しむ自分だけの時間、家族や友人と楽しく語らう憩いのひと時、子供のころになじんだ「おままごと」を「お茶まごと」にして気軽にお茶遊びを始めましょう。自分流のお茶遊びを考案したら隣の人にお茶を入れて差し上げたくなります。 お茶は分かち合うものです。お茶遊びで喜び・悲しみを分かち合いましょう。 Tea is sharing. We share in all our joys and sorrows. ここでは皆様の楽しいお茶の淹れ方や体験を紹介していきます。


庵主の茶遊び1 「氷で甘露」秘話 1990年の春、「氷で甘露」のヒントが生まれました。
当時街のカフェでは水で時間をかけて抽出したダッチコーヒーが高価なメニューとなっておりました。
ところが、偶然にあるお店に入ると「当店はすべてのコーヒーをダッチ式で提供しております。」と書かれていました。不思議に思い店長に尋ねると、低温で抽出すると時間がたっても味と香りが逃げない。だから余っても捨てることがすくない。」と言われました。低温抽出は酸化が進みにくいようです。宵越のお茶は身体に悪いというのが常識です。しかしお茶も低温で出したらどうだろう、どうせなら氷の塊りに茶葉を乗せ溶ける水で抽出できたらおもしろいかもしれない・・・。 こうして器の下に溜まった緑茶のエキスをすくって飲んだのが始まりでした。ワイングラスでお茶を頂くおしゃれな感覚でした。まさに「日本茶新感覚」が氷から始まったのです。その味わいはとても甘みの強い、芳醇な香りの緑茶が出来ました。渋さが消えのどの奥に甘味が残る高貴な味わいでした。この偶然から生まれた試作が「氷で甘露」なのです。
また海外でもこの味わいは多くのグルメファンに受け入れられ、笑顔を運ぶ「ハッピーテイー」と呼ばれております。それはアイスワインの高貴な味わいを堪能する彼らですから当然なことかもしれません。


庵主の茶遊び2 「旅茶箱物語」 ある年の暮れ、京都東寺の終い弘法(青空市)で古い形の「ぶしょう箱」をみつけました。その形 の美しさに魅せられ手持ちの茶器を入れてみました。上段が小さな茶碗、中段に中国茶器、下段は 煎茶器、と見事にうまく納まりました。側面の枠に茶缶とお湯が入れば持ち歩いて楽しむ便利な茶 箱になります。数件の店を訪ねると、なんと1mmの隙間で納まる保温ポットがありました。なん だか道具が向こうからやってくるようで楽しくなりました。
それからはどこへ行くのもこの箱を持参しました。商用や友人訪問は無論のこと酒場まで持ち込み 仕上げはほろ酔いでお茶を楽しみました。酔い心地でいただくお茶は格別に美味しく、また同席の 人からの賛辞もあってお茶を入れることの楽しさが実感できました。男使いの道具箱ですからしま いやすさに工夫をしました。家に帰ってから丁寧に洗うと明日出会う人への期待になります。遠路 携帯の場合は風呂敷に包み持参しました。まさしく旅茶箱となって各地を訪問しました。 その後私のお茶遊びにつきあった方達からの要望で2号、3号と新しい箱を作りました。そして私 と同じ茶器を詰め合わせて「旅茶箱」の普及版を開発しました。さらに便利な道具が集まり改良も されました。おかげさまで新しい道具やお茶仲間との出会いをたくさん頂きました。


甘露の味わい極意 濃く甘く 湯加減に出た重い露を 舌の先へひとしずくずつ落して
  味って見るのは 閑人適意の韻事である  普通の人は茶を飲むものと
 心得ているが あれは間違だ  舌頭へぽたりと 載せて清いものが四方へ散れば
  咽喉へ下るべき液は殆んどない  ただ馥郁たる旬が食道から胃のなかへ
   泌み渡るのみである 歯を用いるは卑しい
水はあまりに軽い玉露に至っては濃かなる事 淡水の境を脱して顎を疲すほどの
 硬さを知らず 結構な飲料である
  眠られぬと訴えるものあらば 眠らぬも 茶を用いよと勧めたい

ー夏目漱石 草枕よりー


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